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     絵:狩野  愛            絵:山中 英二            絵:森村 真紀            絵:真下留美子         絵:笠原 幸子
 
      芳賀小の               開かれた                古くから                平おんと               掘り起こす
    発祥の地は           土地に住宅             伝わる文書            豊作祈る              古代遺跡と
       善勝寺                   高花台                北条 高広             神社の祭                埴輪類
 

解説

 は  芳賀小の 発祥の地は 善勝寺
明治5年に学制が発布されると芳賀村では、7年1月24日に善勝寺において善勝寺小学校が開校しました。その後、福徳寺に小坂子小学校、小神明村の神明小学校、五代村の五代小学校等分舎が開校しました。やがて、明治34年勝沢と鳥取両村にまたがる地に移転しました。昭和27年火災で校舎を焼失しましたが、村人の努力で復旧し、前橋市合併にともない昭和29年前橋市立芳賀小学校となりました。平成15年1月24日開校130周年を迎えます。
 
 ひ  開かれた 土地に住宅 高花台
昭和50年以降前橋市の住宅不足のため高花台住宅団地が造成され、大勢の人達が住居を構えました。昭和52年高花台一丁目197戸、高花台二丁目545戸でしたが、平成4年には、一丁目285戸、二丁目718戸と世帯数は急増しました。この地は、昔、勝沢城(別名高鼻城)があったので、高花台団地と、名づけられました。 
 
 ふ  古くから 伝わる文書 北条 高広
上杉の家来であった北条高広は、前橋城の城代として、戦国の世を戦ってきました。上杉謙信が没すると一時は竹田にくだり、時には北条方になるなどして前橋方面を守ってきました。そして、高広は善勝寺を深く信仰し、祈とう料として寺領を寄進し、今でもその文書が善勝寺に残っています。
 
 へ  平おんと 豊作祈る 神社の祭
神社には、民族の祖先を祭った「氏の神」、その土地を開拓した「開拓の神」、氏族が信仰していた「守護の神」などいろいろあります。そして、どの神社も農作物を供えて平穏と豊作を祈りました。芳賀地区には、今でも金丸神社(金丸町)大峯神社(嶺町)八幡(やしろ)神社(高花台)勝城神社(勝沢町)五代神社(五代町)日枝(ひよし)神社(端気町)神明宮(小神明町)などがあり、今でも春・秋の祭典がにぎやかに行われています。
 
 ほ  掘り起こす 古代遺跡と 埴輪類
住宅団地や工業団地の造成のおりに発掘調査をしたところ、縄文土器・石器等が見つかりました。縄文土器の使用は今からおよそ数千年前から2千年前までと言われています。芳賀小学校にある踊る埴輪像は、五代町の小古墳から出土したものです。市の重要文化財に指定されています。