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  絵:石岡 貴喜              絵:近藤 佑子           絵:久保田健一            絵:小林 淳一         絵:大野 拓也
 
      鳴らす鐘                  日本で                  沼や池                   念仏を                   農協の
    仏のおわす            名高い鉄造         きずいた祖先の       となえて供養          仕事と施設
       福徳寺                  阿弥陀仏              干害防止                 百万遍                農業振興
 

解説

 な  鳴らす鐘 仏のおわす 福徳寺
本尊は千手観音です。境内の面積は、昔、1002坪でしたが、現在は180坪です。江戸時代末期まで栄えていたと言われています。寺の本堂にあるつり鐘は、朝・夕6時に刻を知らせてくれました。このつり鐘は戦時中、勝沢の半鐘として使われましたが、元の福徳寺に戻されたと言われています。
 
 に  日本で 名高い鉄造 阿弥陀仏
善勝寺本尊の鉄造阿弥陀如来像は、昭和3年8月17日に国指定重要文化財に指定されているもので、仁治4年(1243年)に造立されました。小坂子の月山で鋳造され、元は小坂子八幡宮の近くのお堂に安置されていましたが、明治10年善勝寺に移されました。鎌倉時代を代表する見事な鉄像です。
 
 ぬ  沼や池 きずいた祖先の 干害防止
芳賀地区は、多くの丘陵と谷が縦に走り、傾斜地という地形の特質から水利が余りよくありません。そのために沼や池を築き、水の確保に努めました。明治時代の調べでは、五代町-5、鳥取町-1、小坂子町-6、嶺町-2、小神明町-6の沼がありました。大正用水・群馬用水ができ、沼は本来の役目を終わりました。
 
 ね  念仏を となえて供養 百万遍
百万遍は、京都の知恩院で災難を防ぐために念仏供養をしたのが始まりだといわれています。いつ頃から芳賀地区で行われるようになったのかは分かりませんが、現在では勝沢町や鳥取町で行われています。昔、これらの地区では、疫病が流行って人々は大変困りました。そこで村人が集まり、念仏を唱えて病を防ぐことになりました。百万遍を唱えると疫病がなくなったので、そのとき以来ずっと続けているとのことです。
 
 の  農協の 仕事と施設 農業振興
芳賀村の農村会は明治28年10月7日小学校で創立総会が開かれました。芳賀村の産業組合は明治38年小神明に始まり、42年には端気・勝沢、43年には五代に設立されましたが、大正15年にほぼ解散しました。昭和23年、今の芳賀農業協同組合が設立され、それ以来、農協と農家は一体となって農業振興に努めました。今では、JA前橋となって大きく躍進しています。