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  絵:大矢奈緒美             絵:近藤 廣子           絵:鈴木 朋子           絵:諸星恵理香         絵:島岡 美穂
 
      たくましく               地祇観音                 月山の                寺子屋の                灯ろうを
    のびる若人           まつって奉納          阿弥陀伝説           昔をしのぶ             かざって祭
    芳賀中学校             太々神楽               親鸞上人               筆子塚                   神明宮
 

解説

 た  たくましく のびる若人 芳賀中学校
昭和22年4月19日 芳賀中学校創立
昭和23年3月30日 第1回卒業生56名
昭和24年1月15日 PTA発足
昭和25年3月 5日 中学校校舎落成
昭和29年       芳賀村立から前橋市立芳賀中学校になり、現在の校舎は昭和58年3月に完成しました。
 
 ち  地祇観音 まつって奉納 太々神楽
笛と太鼓に合わせ、異様な面や衣装を着けて舞う嶺の太々神楽は、年寄りの話では、徳川時代末期から始められているということです。この太々神楽は、大峯神社・赤城山大沼赤城神社・赤城南麓各神社・前橋市の八幡宮・東照宮ほか多くの神社への奉納を施行したと言われています。
 
 つ  月山の 阿弥陀伝説 親鸞上人
 昔、小坂子の月山にお堂がありました。お堂の裏は、沼田街道を通って、人家も14、5軒ありました。仁治3年(1242年)親鸞上人が諸国を回っているとき、このお堂に立ち寄りました。住職はこれを手厚くもてなしました。村の人々は阿弥陀如来を造ることを上人にお願いしましたところ、喜んで指導してくれました。高さ88cm、重さ88kgの銅鉄製の像が完成しました。100年位前まで参道に灯篭を灯し、にぎわっていたそうです。今は小高い丘になっています。
 
 て  寺子屋の 昔をしのぶ 筆子塚
芳賀地区は、寺子屋教育が盛んだったので、教え子たちがつくった筆塚がたくさんあります。
主な寺子屋・私塾として、○町田喜多重信(五代)、○堀越紋平(小坂子)などがあります。 
 
 と  灯ろうを かざって祭 神明宮
芳賀地区の西部方面には、鎌倉時代に細井御厨(みくりゃ)に属していたことがあります。小神明は古神明で古い時代に皇太神宮を祭った土地であったことを意味しています。今の神明宮は、その名残であると言われています。ここでは江戸時代から大掛かりな灯篭祭りが行われていました。