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   前橋市立芳賀小学校 公式WebPage
    

 

 


 
 

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あ 行

       
 絵:鈴木 麻子     絵:井上 和生       絵:柿沼 大介     絵:福田 純子      絵:諸田 祐布
   
      赤城嶺の                生きがいを               馬や牛                    縁日で                 丘と谷
  南ろく斜面に           育てる地区の          つれて参拝           にぎわう五代の        起伏豊かに
    芳賀の里                   公民館                 請地観音                  木福様                藤沢川
 

解説

 あ  赤城嶺の 南ろく斜面に 芳賀の里
赤城山は今から2万4千年前までは、時々大爆発を起こしてたくさんの溶岩を噴出し火山灰を降らせました。やがて、火山活動が止まり、長い年月を経て関東ローム層ができました。
さらに風化が進み、起伏に飛んだ芳賀地区ができ、そこに古代人たちが住んでさまざまな文化を築いていきました。
 
 い  生きがいを 育てる地区の 公民館
明治22年、町村制施行により、勝沢・小神明・端気・五代・鳥取・小坂子・嶺の7ヶ村が合併して芳賀村となりました。大正7年に芳賀小学校の北側に役場がつくられ、村政の中心でした。合併後、役場は公民館となりました。その後、人口が急増し狭くなったので、平成2年に現在のような立派な公民館ができました。
 
 う  馬や牛 つれて参拝 請地観音
享保元年(1716年)、今から287年ほど前、福田金五郎が中心になって請地観音を祭りました。縁日は1月2日と10月10日です。この日は馬や牛のけがが治るということで、たくさんのけがをした馬や牛を連れた人々が参拝に来たそうです。
 
 え  縁日で にぎわう五代の 木福様
木福様のある場所には阿弥陀如来三尊の梵字を彫り込んだ板碑があります。木福様の祭りは、旧暦で10月14日(今の暦では、12月4日頃)で、その日は夜遅くまでにぎわいます。また、『リンガ』を立てる奇習もあり、祭りをもり立てています。
 
 お  丘と谷 起伏豊かに 藤沢川 
赤城山の中腹の起伏に富んだ芳賀地区を流れる藤沢川は、鎌倉時代に藤沢郷の豪族と言われ、勝沢城に住まいがあったと伝えられている藤沢清近の名残と伝えられています。また、藤沢郷を貫通しているので藤沢川と名がついているとも伝えられています。